2007年 ラグビーW杯日本代表
2016年現役を引退し、同年は同志社大学のバックスコーチも務めた。2017年よりKJ協会アンバサダーに就任。

 

ラグビーとの出会いは?

家の近くに花園ラグビー場があったので、ラグビーというスポーツが身近にありました。でも親は子供の時にいろんなスポーツをさせてくれました。サッカー、ソフトボール、水泳、バスケット、卓球も。そこから中学に上がる時に「自分のやりたいことを選びなさい」と言われて、自分はラグビーを選びました。
理由は自分の判断で何でもできるところ。ソフトボールは監督の指示が細かくあり、サッカーは手が使えない。ラグビーはパスしても、自分で持っていっても、キックしても、抜きにいってもいい。それも15人の色々な人たちとできるということで、自分の性格に合っていると思いました。
自分でラグビーを選択したので、子供ながらにしっかりやり切りたいという思いを持ち、上を目指そうと考えるようになりました。

 

からだのケアを意識したとき

中学校2年生のときに、第5腰椎分離症になり、ラグビーやめた方がいいと言われたことがあります。その時に親が親身に相談に乗ってくれて「絶対できる」と応援してくれました。色々な病院をまわりセカンドオピニオンを受け、大丈夫と診断してくれるところがあり、ラグビー続けることができました。
その体験から、「からだのことは親や指導者にも相談すべきということ」「スポーツを続けるにはからだのケアが大切なこと」を感じ取ることができました。

 

海外での経験が食事・トレーニングへの意識を変える

高校日本代表でスコットランドに遠征に行って、相手が外国人でみんな100キロ近くあって、やっぱり上を目指すには体重やフィジカルな部分は上げていかなければならないと感じました。その後、食事やトレーニングに対する意識が変わりました。大学1年生では体重が15キロくらい増やしました。
今のラグビー選手達はコンディショニングに対してかなり高い意識を持っていると感じています。2015年のワールドカップに出場した選手達と遠征にいくと、現地のアロマやオイルマッサージの方を試合後に呼んでケアをしてもらっていました。当時の代表監督エディ・ジョーンズさんが日本に意識を植え付けたのも大きいですね。選手達はケアをしないといけないくらい練習してましたから(笑)

 

心身のリカバリー・メンテナンスもトレーニング

アスリートにとって、心身のリカバリー、メンテナンスというところまでがトレーニングだと思っています。これは子どもも同じではないでしょうか。でも残念ながら、日本では「甘やかせすぎだ」「小さいときはそんなのいらない」とか未だに言われていますよね。重要性を理解する人たちが親になったら変わっていくと思います。僕は甘えではなく、自分の体と向き合い、高めるために必要なことだと考えています。

 

パパママトレーナーなら子どもたちと適切な関係が築ける!

最近は親の過干渉も話題になっています。チーム側も「指導、育成は現場に任せてほしい」と言います。私もそこはそう思います。
だからといって、子どもたちに何もしなかったら家族ではないですよね。そんな時、このパパママトレーナーのようなことが出来るのであれば、二人三脚で体のサポートしながらパフォーマンスを向上していけます。アロマでマッサージをして体を触れあうことで、会話も増えるし悩みも聞けませんか?今日のプレーのことばかりでなく、子供が思っていること、どう成長したいか。コミュニケーションが少なくなっている今の社会では重要だと思います。
これから日本のスポーツ界はワールドカップ、オリンピック、ワールドマスターズと3年間続く大切な時期を迎えます。その後の日本においてスポーツはどういう立ち位置になるのか、大きく影響を与える3年間だと思っています。その時にこれからの日本のスポーツを支えていく子供たちに関わる大切な情報を、アンバサダーとして情報を発信していきたいと思っています。

 

「キッズ&ジュニア スポーツコンディショニング協会 理事長 巖」と ともに。

 

大西 将太郎

Shotaro Onishi

啓光学園で花園準優勝を経験。高校日本代表に選出されスコットランド遠征に参加。
同志社大学でも関西リーグ連覇に貢献するとともに全国大学選手権でも活躍。
卒業後はワールドに入社。トップリーグ初年度参加を果たす。
2007年にはW杯日本代表に選出され、カナダ戦で試合終了直前の同点コンバージョンを決めて引き分けに持ち込み、日本のW杯連敗ストップの立役者となった。
2016年、現役を引退し、同年は同志社大学のバックスコーチも務めた。

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